「ピアノ・コンサート」
( Konser Piano )

どんな場所にも、長所と欠点がある。バリは観光化されすぎている、本来の姿がなくなってしまった・・・なんていわれるけれど、その逆に世界各国の料理が(こっちの物価からしたらとんでもなく高いが)楽しめる。90年初頭、UBUDに住み始めた頃から比べたら、田んぼばかりだったUBUDのメインストリートには今では日本料理、タイ料理、トルコ料理に中華と、なんでも揃うようになった。私の暮らしていた田舎にも、日本人の長期滞在者が増えたために、ただの田舎のスーパーマーケットだった所が、冷凍うなぎまで売るようになったのには今回帰って驚いた。

それに比べると、もともと日本人滞在者の少ないジョグジャではそうした便利さに欠ける。バリのような、外国人・ノンバリニーズ・バリ人という三重価格構造がないのはとっても公平でありがたいけれど、その分外国人専用の店というものも少ないわけで、それはイコール「ダサい店しかない」ともいえる。UBUDでは、ちょっと気分転換にライブミュージックを聴きながらお洒落に一杯・・・なんてこともできたが、ここではそんな店を探すのが難しい。

もう一つつらいのは映画館。インドネシアの主要都市には必ずある上質のサウンドシステムを備えた映画館のチェーンがバリにはあったのだが、ここにはない。実はあったのだが、火事で全焼して以来、建て直していないのだ。
映画は私の趣味の一つ。「映画は文化!」と毎月のように映画館に連れて行ってくれた父の影響か、今でも映画は気になって仕方ない。それなのに、ちゃんとスクリーンで見れないのは淋しい。国内有数の学園都市で学生も多いのに、なぜまともな映画館を作ってくれないのか疑問だ。おそらく、日本と同様、安くVCD(こっちの主流はビデオCD)をレンタルする人口の方が多いのだろう。

そんな娯楽の少ないジョグジャカルタにあって、とても気になるニュースがEメールに送られてきた。ジャカルタにあるドイツの財団がピアニストを呼び、国内を巡回するコンサートを開くという。ジョグジャでは王宮が会場!さっそく問い合わせてみると、なんともお高くとまったもんだ、特別な人にのみ招待状を送っていて、関係者以外は入れないという。こんなときには外国人であることを主張するのが得。
「えー、私、ジョグジャ暮らしてます。えー時々王様のお手伝い、します。日本人、です、えー・・・一人だけです、ですから、そのーーーなんとか、見せてもらえませんか?」
わざとインドネシア語をカタコトにして話す。このほうが真実味があるのでめったに使わない英語も混ぜる。思ったとおりOKが出た。

 こんな特別な招待状付のコンサート、さすがの私も水浴びをして、しっかり髪型も整え、正装で王宮に向かった。うちからは歩ける距離にあるってのがまた嬉しい。王宮内の半オープンステージにはインドネシアの楽器、ガムランのセットが備えられている。その前に一台のグランドピアノ。アジアと西洋が心地よく融合した空間を見ていたら奥の殿から王様がやってきた。全員起立。確かに特別なコンサートだ、鑑賞者は50名もいない。ラッキーなものが見れた。

 多少は遠慮して端っこにいたのだが、運よく王宮の中に私のことを知っているスタッフがいた。おそらくたまにこの王様がジョグジャ県知事として日本からの客と接待する際に私が通訳で手伝うのを覚えていてくれたのだろう。これまたらラッキー。 「緑さん、もっと前でどうぞ・・・」
一番前の席をもらい、王様の横顔をチラッチラッと見ながら、1800年代のドイツの作曲家たちの曲を堪能した。ピアノ一台の繊細な曲にもかかわらず、さすがはジョグジャ、庭では土中の虫がチチチチ・・・と鳴き、奥の殿の屋根では猫がケンカしてフゥーフゥー鳴いては走り回る。そんな環境の中でのピアノ演奏ってのもなんともアジアだなーと逆に感慨深かった。ジャワの満天の空の下、はるばるドイツからやってきたピアニストの演奏を王宮の庭園で聴くとは、なんともオツな一晩であった。

ピアノコンサート

王宮内にあるパビリオン。ドイツの音楽家であり、絵描きでもあったウォルター・シュピース(1895-1942)は、1924年29歳のときにジョグジャカルタ王宮の宮廷楽長として仕えた経験をもつ。今の王様のオジイチャンに当たる王が、ウォルター・シュピースから聞かされたという曲が、80年経った今、同じドイツ人ピアニストによって、孫に聞かれることになったのだ。この歴史を想うと、なんだか目頭がちょっと熱くなったりした。


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