「ブンダ・アート・スペース」
( benda art space )

 ジョグジャカルタはインドネシアの美術の中心地。世界的に活躍するアーティストのほとんどがここにある国立芸術大学(Institute Indonesia of the Arts)から出ている。私がもともとジョグジャに来ることになったのも、インドネシアに長くいるために最も大事な問題であるビザを簡単に取得するため、インドネシア教育文化省の留学生制度に応募したことがきっかけだった。

長く暮していたバリにそのまま引き続いていたいというのが一番の目的ではあったけれど、バリにある芸術大学のレベルは相当に低い。もしも受かった時のことを考えると、せっかくならちゃんと学べる学校に行きたい・・・そう思ってジョグジャの芸大を希望したら運良く合格したのが1999年のことだ。ビザさえ取ってしまえば後は今までどおりバリのスタジオで制作しながら、時々学校の様子を見に行けばいい・・・。

ジョグジャカルタは私にとって、それほど知らない街でもなかった。以前からジョグジャ在住の作家を訪ねたり、大きな展覧会にはバリから遠距離バスで来たりもしていた。留学生となってジョグジャに来てすぐ、新しくできたという画廊を紹介された。私の通う国立芸大・工芸科の学生がオーナーだという。早速出かけてみると、なんとも味のある古い伝統的建造物がそのままギャラリー・スペースとして使われていた。私はまずその空間の「匂い」に恋した。私よりも10才近く若いオーナーも私の作品に興味を示してくれ、個展の予定が決まった。

ヒロタミドリ個展風景
2000年に開かれたヒロタミドリ個展。古い柱2本が空間の中心にあり、
私はその一本を包む込むような形で陶の塔を作った。

 

こうして2000年にジョグジャカルタで初めて私の個展が開かれた。これがBENDA画廊との出会いだった。 BENDAはインドネシア語で「物」を意味する。工芸科出身のオーナーは手わざにこだわり、立体作品のみを紹介していくつもりでこの発表スペースを作ったという。

若いオーナーがここまでやってきたのは彼一人の力ではなく、芸大出身の奥さんや友人達の助言や奉仕のおかげでもある。経済的に存続の難しい画廊を、みんなはボランティアで手伝っている。若手の作家の発表の場を守りたいという気持ちからだろう。現在はブレインとして、同じく工芸科出身の男性が一人(オーナーよりも若い)手伝っている。すでにインドネシアの新聞や美術誌主に文章をのせている彼はその分野で作家の紹介文や解説を画廊のために書いている。

そして私もスタッフの一人となった。新しい作家の発掘、海外の画廊や作家とのコンタクトを主に担当している。展覧会の予定がある作家とは私が窓口になり連絡を取り合っている。ボランティアではあるけれど、仕事はちゃんとやっている。昨年は日本人の女性アーティストの展覧会も実現した。そして今は沖縄在住の作家のワークショップと展覧会を準備している。まだまだ画廊に資金がないので、作家個人の負担になる部分が多いけれど、快く招待を受けてくださった。今は自分自身もこの作家のワークショップに参加するのを楽しみにしている。

benda画廊外観
BENDA画廊の正面。過去の展覧会、作家紹介はこのサイトのトップから
MIDORI'S ART WORKS」→「INDONESIAN ART」で。


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