今回の浄化儀礼は15日、クタの2箇所で同時に行われた。テロの標的となったサリクラブ現場、そしてそこからほど近いクタ海岸にあるスガラ寺院(海の寺院)。ヒンドゥー教の死の儀礼では、死者は焼かれ、その霊は一度海に返される。霊がまだ留まっているであろう現場と、霊を返してやるための海、納得がいく。
バリ・ヒンドゥー教は我々の暮らすこの世界のバランスを重要視している。善悪、白黒、男女、光と闇。また神々(天界)と私たち(地球)、そしてそれより下のレベル(悪霊)、これらがバランスよくそれぞれの世界で暮らしてこそ、真の平和がある。今回の出来事はこのバランスを大きく崩し均衡を奪い、人の心に不安という闇を植え付けた。今こそ神に祈りを捧げ、再度正しいバランスに戻す必要がある。
また一度に多くの血が流れる、多くの死者が出るという状態はバリ・ヒンドゥーでは「不浄」とされる。これを浄化しないといつまでも不浄はその場にはびこり、別の不浄を引き起こす。一年に一度(西暦の7ヶ月毎)やってくる聖なる日ガルンガンを11月20日に控え、今ここで島中を浄化しておく必要は大だ。こうしてバリ中の聖職者により、儀礼の執行が15日に決定されたのだった。
バリは過去にもこうした浄化儀礼を行ってきた。1964年アグン山噴火の際に数百人の犠牲者が出、大きな浄化儀礼が行われた。もちろんこうした規模のものはそれほど多くはないしテロ犠牲による儀礼などはもちろん今回が初めてだ。大きな儀礼になればなるほど生贄も多種多様、今回の浄化儀礼にはなんと79匹の動物が聖なる供え物となった。水牛、牛、羊、豚、アヒル鶏から、普段の儀礼ではめったに使われることのない猿や犬までもが生贄になった。クタ村は勿論、大きな意味では今回の出来事はバリ島中を不浄にし、グローバルにはアジアを、世界を、一瞬にして不浄にしたともいえる。儀礼には島中から参拝者が訪れ、遺族にはチケットとホテルが支給され、涙をこらえる白人の姿も多く見られた。一方通行の道路には参列者列が2キロほど続いた。正午に合わせ、バリ全島でいっせいに黙祷、現場ではバリ中から選ばれた各寺院の高僧が、特に聖なる寺院から集めた聖水を混ぜ、参列者にふりかける。そしてヒンドゥー式の祈りが行われた。この瞬間、サリクラブの周辺は静まり何百人の人々が言葉、習慣、国籍、宗教の違いを越えて一つになり世界の平和を、犠牲者の冥福を祈った。
こうして丸一日かけた盛大な浄化儀礼は終わり、犠牲者の霊は海へと返され、翌16日の朝から被害地の撤去作業が大々的に始められた。20トンといわれる瓦礫は5日間の予定でバリ南部の沖16キロの海上に捨てられる。現地にはテロ撲滅のモニュメントを立てる計画があがっている。

浄化儀礼の当日は警官、軍隊が銃を手に警戒態勢。
ヒンドゥーの儀礼とはまったくのミスマッチになんとも不思議な雰囲気をかもし出している。