昨年のWTCでの自爆テロは、自分からはあまりに離れた場所の出来事で、TVの画像もまるで映画のシーンのようにしか見えなかった。多くの犠牲者が出たことは情報としてわかっても、アメリカ国民が持ったような怒りや不安感は正直いって私には沸かなかった。テロに対する憎しみも恐怖感も、身近なものではなかったのだ。
そして今年、10年以上住み慣れた自分の庭といってもいい島でテロが起こった。今回バリでいろいろな立場の人と語り合ったこと、自分の目で見たこと、ここ一ヶ月のバリ地方新聞をさかのぼって読み返したこと、バリでのみ放送されている地方局バリTVの内容などから感じたことを自分なりに消化し、ここでまとめて話してみたい。
「トラゲディ・バリ(バリの悲劇)」という名で語られるサリクラブでの爆破テロがトレードセンターと大きく違うのは、バリという島で起こりながらも、地元民にはまったく縁のない白人のための歓楽街(特にサリクラブは地元民立ち入り禁止にするほど、徹底して外国人専用の場所を守っていた)で、大半ツーリストが犠牲になっていることだ。去年はアメリカで起き、多くのアメリカ人、それも経済を担う上層の人々が犠牲にあい、救命に当たった消防士の犠牲も多かっただけにショックも大きかった。とにかく全体に規模が違った。さらに世界警察を名乗る手前、テロ組織に隙を見せてしまった屈辱は我々の想像以上だろう。国民に与えたショックも計り知れない。
それに比べると、クタ悲劇はもっとさっぱりとしている。バリTVではテロ事件の後、バリ・ヒンドゥー教の高僧たちが座談会をし、遺体をどういう形で葬るかをディスカッションしていたし、この出来事をヒンドゥーの教えの「カルマパロ(悪行の報い)」としてバリ人の過去の悪い行いが今、こういう形になって報いを得たという説まで出た。いかにもバリ人らしい発想なので私はついニヤけてしまう。政府は対外的に必死で犯人逮捕に全力をあげていたけれど、誰が何のためにやったのか実はバリ人はそれほど気にしてはいない(ように見える)。そしてインターネット上で調べる限り、日本の新聞社も、このテロをさほど大きく取り上げてはいないような気がする。そりゃそうだ。アメリカの中心地で起こったことと、アジアの発展途上国小さな島で起こったことは一緒にはならないのだろう。犠牲者の多くがアメリカ人ではなく、豪州人だったから、ブッシュもさほど怒っていないということなのか。

爆弾で崩壊したサリ・クラブの敷地に準備された祭壇。
後ろに見えているのはサリクラブ向かいにあって崩壊したホワイト・ローズ・ホテル(15/11/2002)
そうそう、バリらしいといえば、今回の浄化儀礼が15日に執り行われたその夜、クタは激しい雷雨に見舞われた。雨季に入る入るといってまだまとまった雨が一度も降らなかったクタで、集中的な豪雨になったのだ。現場近くのホテルに泊まっていた私はその雨音の激しさに夜中目を覚まし、近くでゴロゴロパリパリと鳴っている雷鳴を聞き、安堵した。バリでは火葬祭をはじめとするヒンドゥー儀礼が終わった際に雨に降られるのは吉とされる。目に見える世界(我々人間の世界)でも、目に見えない世界(神々や悪霊の世界)でも、その土地が、儀礼の対象となった人々が、100%浄化されたという意味らしい。とすれば、この盛大な浄化儀礼は成功し、神々は再びこの世界に均衡をもたらし、犠牲者の霊は安かに眠る場所を得たということか。そして全部で7人といわれている現在逃亡中の実行犯の主格も逮捕され始めた。ここ一ヶ月なかなか捜査の進展がなかった中で、浄化儀礼の終わった4日後にリーダー格の男が西ジャワで逮捕されたのだ。少しずつではあるが、自供も始めているらしい。バリ人は犠牲者の霊が犯人を追いつめ逮捕にいたったのだと言っている。