「神通力の祠」
( Padma Sakti )


先月号でもテロ事件の起こった現場周辺で起こっている幽霊話を書いたが、今回はバリに戻って自分で直接いろいろな話を聞くことができた。完全に崩壊したサリ・クラブの中に残された電話器が、配線もないのに事件のあった時間になるとリンリンと鳴り始めるのを警備員が毎晩聞いているという話。クタに住む青年の携帯電話は、毎晩11時になると必ず鳴り女性の声で
「HALLO・・・」
と聞こえてくる。普通はかけてきた相手の番号が表示されるのに、この通話には何も表示されず、声の主はそれだけ言って勝手に切ってしまう、これが事件の翌日から今まで続いているという話・・・。
また、100体以上の遺体が身元を確認できないまま、一ヶ月近く公立病院に収容されていたのだが、病院関係者は夜な夜な身体の一部がなくなった状態で自分の身体を探してくれ・・・とさまよう白人の姿を見ている、看護婦たちは夜勤をいやがっているとも聞いた。

そうした話以外に、今回私がとても驚いたことがある。それはテロ現場に残ったバリ・ヒンドゥーの祠だ。 神々の島バリでは至る所にヒンドゥーの神を奉った祠がある。それはウェスタナイズされたクタでも同じ事。ノンヒンドゥーの外国人やジャワ人がオーナーであってもバリで何かするにはバリの神々に護ってもらおうという考えは一般的。ジャワ人がオーナーのサリクラブにも、例にもれずヒンドゥーの祠が建てられ、日々の暮らしを護ってもらうべく供え物が捧げられていた。

神通力の祠 浄化儀礼が終わり、被害地の撤回作業が始まった11月21日に撮
影したもの。この祠はサリクラブの南の隅にまったく痛まずに残って
いた。周囲の建物はすべて崩壊し、地面には瓦礫が散乱している。
この周囲は土台のコンクリートも砕け、地面が沈没しているにもかか
わらず、祠だけはしっかりと立っていた。バックの柱に重なって見難いけれど、黄色い布で下部を覆ってあるのが祠。台座の下には犠牲者への供え物が今もまだ供えられている。日本製のベビースターラーメンが供えられているのを見たら、胸が熱くなった。合掌・・・。

テロが起こった現場、コンクリートの壁は崩壊し、鉄筋が剥き出しになり、建物の構造という構造が意味をなさなくなっている中、最も被害の大きかった三箇所それぞれに奉られた祠は、爆弾の勢いにも動じず、見えない力に護られたかのように痛まずに残った。
さすがバリ。
私にはこのような奇跡に近い事実もうなずける。実際に目にしてるのだから、疑いようもない。理屈で片付けるにも無理があるような気がする。どこよりも安全な島バリの伝説を一瞬にして壊した今回のテロ事件で、心に大きな傷を負ったバリ人を慰めたのが、このミラクルな出来事だったのも納得がいく。

「バリという土地はテロで汚せても、神々の神聖な場所は傷つけることなどできない」

バリ・ヒンドゥーの神々の最後の意地のように私には見えた。
儀礼後、爆破の穴もふさがれた今、犠牲者の遺族はこの祠の前で頭をたれ、逝った人を想う。私が最後にこの場を訪れた11月23日、周囲の瓦礫はすっかり撤去され、クタの繁華街にポッカリと空いた空間に三基の祠は気丈に建ち、その下には英語の手紙や缶ジュース、花輪が供えられていた。突然、この場で起こったことが身近に感じられ身震いがした。観光の歓喜の最中に突如闇へ引きずり込まれた人たちを思い、私はもう一度祠の前で手を合わせた。


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