「バリに戻る」
( Kembali ke Bali )


2002年11月15日、5日後にヒンドゥーの祝日を控えたバリ島。1ヶ月前に世界中を驚かせたテロ事件の起こったクタビーチで、大きな浄化儀礼が行われた。20日の祝日に合わせて家族同様のバリ一家のもとに帰ろうと思っていたところに、15日の儀礼の話を聞き、私は慌ててこれに間に合うようバリに向かった。 

14日の夜、バリに着くなり現場に行く。観光地クタビーチには海に沿った北向きの一方通行の道路と、その東に南向きの一通道路がある。テロはこの南向きの道沿いのサリクラブで起こった。通行止めになった現場までは約1キロの道を歩く。午後11時、普段ならどこからも大音量で音楽が流れ、客引き、ガイド、タクシー運転手が歩道に溢れている時間なのに、今夜はひっそりと静まりかえっている。15分も進むと、バリの正装を身にした男衆が増えてきた。儀礼を進めるのは今回被害のあったクタビーチ周辺の村だ。彼らについて先に進むと、錆色の塊が道の両端に見えてきた。小走りに進む私の目に映ったのは、なんと自動車、塗装も内装も当然残ってはいない。タダの錆びた鉄の塊になった数台が、そのまま道路に放置されていた。
「ははー、これが例の幽霊騒ぎのある自動車なんだな・・・」

ゆっくりと見ている時間も惜しくまずは現場へ足を進める。しばらく行くとクタのウェスタナイズされた街の中に、バリ・ヒンドゥーの香りが漂ってくる。線香や供え物の花の香りだ。そう、ここがサリクラブ跡、明日の浄化儀礼が盛大に行われようとしている場所。そこには忙しそうに儀礼の準備を整えるバリ人の青年団、涙を拭きながら犠牲者の写真を抱いて輪になって座り込んでいる白人グループなどが静かにそれぞれの時間の中にいた。おそらくベースにはキリスト教の習慣を持っているであろう白人たちが、バリの正装を着て、あるいはいかにもサーファー的な上半身裸状態の筋肉質の兄ちゃんたちが、線香を手にして現場に佇んでいる姿は私にはとても印象的だった。バリ・ヒンドゥーの神々は国境なく私たちに慰めを与えてくれているような静かで強い神聖な力の存在を感じた。

竹の簡易屋根が備え付けられた現場の北部をそのまま南に進むと、ある一角が編んだ竹で囲われ、犠牲者の写真、花輪や線香、缶ジュースなどでいっぱいになっている。ここが爆心地で直径3mほどの穴があいている。右手にあるサリクラブ跡には建物らしいものはまったく残っていない。ほとんどが爆弾の勢いで崩壊したのだろう。道をはさんだ銀行には、オートバイ、自動車の最も被害の大きなものが鉄くずとなって積まれている。これらも明日の浄化儀礼で清められるのを待ち、その後処理されていくのだ。世界がバランスを取り戻したその後に・・・。

 

クタのテロ事件現場

写真手前、編んだ竹のゴザで囲まれている部分が最初に起こった爆発の跡。
奥には盛大な浄化儀礼のための祭壇と傘が見える。犠牲者の遺族はこの爆破跡の囲いに沿って献花したり、
写真を添えたり飲み物を供えたりしていた。線香の火は途絶えることなくともされ、知人の死を嘆く人々は
バリ人に習い、ヒンドゥー教の作法で祈りを捧げていた。写真は15日の儀礼当日、メイン儀礼の始まる前の午前8時。


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