「バリの爆弾悲劇」
(Tragedi Bom Bali)
クタのテロ事件
爆破のあったクタのディスコ、サリ・クラブ

2001年9月11日から1年1ヶ月と1日たった、今年2002年10月12日、インドネシア・バリ島の観光中心地、クタ海岸のディスコ、サリ・クラブでテロによると思われる爆弾があった。普段は新聞にもテレビにもあまり縁がない私は、その翌朝、実家の母からの電話で事件を知った。「また、きっと心配性の母のことだから、小さなニュースを自分で大きくして、離れた場所のことを必要以上に心配しているのだろう・・」と最初は思ったけれど、家に戻り、テレビの正午のニュースを見て唖然とした。 そこに映っていたのは、バリ一番の繁華街とは思えない、痛ましく大きな穴をあけ、ガレキの山と化したクタ海岸の大通りと、真っ黒に焦げて姿かたちのなくなってしまった遺体、全身の皮がむけ、悲痛な叫び声を上げながら病院に担ぎ込まれる白人の姿だった。

インドネシアのニュースでは死体も平気で放映するので、この惨事の様子が隣の島にいても身近に感じられる。ましてや、私にとっては10年住み慣れた島での出来事、他人事ではない。 私が住んでいたのは、このクタ海岸からずっと北に車で1時間ほど上がった場所だから、親しくしている友人も家族も、幸いにも今回のテロに巻き込まれた人はいなかった。けれども「最後の楽園」「神々の宿る島」が、こうした事に巻き込まれてしまったという現実はとても悲しい。今まで私がインドネシアに暮らしてきた間、首都ジャカルタで暴動があったり、各地で宗教闘争があったりして、インドネシアへの渡航に危険勧告が出され、海外からやって来る人が激減したことも何度かあったけれど、そんな中でも、私はいつも自信を持って、「大丈夫!他の地域でどんなことが起ころうと、バリだけは大丈夫!」と言ってきたのに、もう今となってはそんな言葉も信用されない。 

1年前のWTCの爆破は、インドネシアに暮らす私にとって、非常に遠い国での出来事で、「まるで映画のワン・シーンのようだ・・・」と思いながらビルに突っ込む飛行機の映像を見ていた。ところが、今度のテロは自分が暮らしている国の中で起こったこと、10年間住み慣れた島でのできごと、飛行場へ向かう際に、たまのドライブで、日常に通っていた道上で起こったこと、テロの残忍さが身近に感じられた。


テロの負傷者
州都デンパサールの病院で手当てを受ける観光客の被害者


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