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「物乞いの謎」
( Misteri
Pengemis)
母よ、ありがとう!大感謝のスターレット。我が家の前で。
インドネシア暮らしが12年目になる今年、私はとてつもないものを手に入れることができた。それはなんと、自家用車!黒のTOYOTAスターレット87年型。ずっと前から心配性の母が、日本に帰るたびに増える私の顔のシミを見て、また雨季の話を聞くたびに、「あんたもイイ歳なんだから、そんな危ない二輪車で走ってないで、四輪を買いなさい・・・」と言っていた。けれどインドネシアで生活費を得ている私にしてみたら自動車など高嶺の花。自分のものになるなんて、想像もできなかった。作品の材料購入、大物の買い物などには、半日でレンタカーしたり、自動車を持っている友人の機嫌をうかがいながら手伝ってもらっていたし、それで十分だと思っていた、いや、そう思い込もうと努力してきた。
ところが、今回6月に帰省した際に、母がこう言ったのだ。「あんたが毎日毎日交通渋滞の中でオートバイに乗って強い日差し浴びて走ってると思うと、私はそれだけで心臓が痛くなるよ。ジョグジャに戻ったら、このお金ですぐに自動車を買いなさい。これは貸すお金じゃないの。返そうなんて思わなくていいからね。どうせ私が死んだらあんたのものになる金、今私が生きてるうちに、あんたが上手に利用してジョグジャでの生活が快適になるってわかったほうが私も嬉しい。死んだあとにあんたが何に使うかわからないよりもね・・・」 いい歳してまだ親に甘えるのは情けないし恥ずかしい。けれどこれが母親孝行なんだから・・・という母の言葉で、ついに私も自動車購入を決断した。それにしても、こんな素晴らしい母親の子どもが私みたいな者で本当によかったのかしら?と、今でも思ってしまう。
こうして母のおかげで、私も「カー・オーナー」になった。このカラカラに渇いて暑いジョグジャの街を自動車で動けるのはとんでもなく快適だ。母よ、ありがとう。そして、今までバイクに乗っていたときとはまた違った角度から街を見ることができるようにもなったのがおもしろい。ジョグジャには物乞いが多い。老若男女、誰でも物乞いをする。そして、そのテクニックも多種多様だ。バイクに乗っていると、彼らもさほど近づいてはこない。考えてみたって、運転中のバイクで赤信号で止まっているときに「金くれ」と言われたって、財布を出して小銭を探して渡そうと思ったら、両手をあけなければ難しい。途中で信号が青に変わればすぐに発進しなければならない。これではなかなか物乞いに金をあげる余裕はない。それを物乞いも知っている。けれど、赤信号で止まった自動車には彼らは必ず寄ってくる。最近の日本では、さすがに「乞食」と呼ばれる人は少なくなった。皆無といってもいいだろう。ところが、ここにはまだまだたくさんの物乞いがいるのだ。小学生にも満たない子どものグループ、乳飲み子を抱えたままの幼な妻、肉体的な障害を持った人、不良少年風の兄ちゃん、別に仕事を探せば見つかりそうにも見える30歳前後の青年、盲目のじいちゃんやばあちゃんなどなど・・・。
物乞いのいないバリで長く暮らした私は、ジョグジャに来た最初の頃、この光景には胸の痛くなる思いがした。生活レベルの大きな差がここにはあり、父親の高級車に乗った小学生の子どもが、路上で鼻を垂らしながらけなげに物乞いをする同い年の子どもに窓から100ルピアを投げてやるのだ。重度の身体障害者が、大通りの中央分離帯に座り、空ろに目を開いて右手を自動車に向けている姿を見ると、なんともいたたまれない気持ちになる。こんな風景を車の中から見ていて、私は幼稚園の頃、祖父に連れられて行った寺院の縁日を思い出した。
1970年代名古屋ではまだ縁日になると戦争で障害を負った帰還兵士が軍歌を流しながら物乞いをしていた。白い軍服のようないでたちで座っているおじさんたちの姿は、小さな私には怖く映った。そして祖父はその人たちの前に置かれた空き缶に必ず小銭を入れていたのを思い出す。
話がそれたが、さてこちらの物乞いたち、単にプラスティック製のコップを持ってきて頭を下げるだけの芸のないものから、音楽になっているとはとても思えないギターの伴奏で歌ってるのかつぶやいてるのかわからないもの、金属の小さな皿を重ね、それを振ってシャカシャカ音を立てて近づいてくるもの、首からトランジスタ・ラジオをぶら下げ、ラジオをつけてやってくるものなど、彼らの物乞いの方法も様々だ。ほとんど芸らしい芸のあるものはいない。どちらかといえば早くに小銭を渡し、「お願い!お金は出すから、早くその雑音をとめて!」といった意味合いで金を渡すしかない。半分強制的なのだ・・・。それにしても、彼らに近づいてこられるたびにお金を渡していたのでは、こっちの身が持たない。自動車に乗るようになってから、私は赤信号で止まるのが怖くなってきた。止まれば必ず物乞いたちがやってくる。渡す金のない場合、渡す意思のない場合は、窓も開けずに中から手を振って「ないない、あげれるものはナイよー」と合図するのだけれど、なんだかこっちが悪いことをしたような小さな罪悪感にとらわれてしまうこともある。やはりこの国で自動車に乗れる身分の者は、路上の民にも心をとめなければならないのだろう。最近では、私自身の中で一定のラインを定めたので、見た目に明らかな障害を持った人、年寄り、子どもに対してはできるだけ期待に添えるようにしている今日このごろだ。

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