「ジョグジャカルタ芸術祭」
( Festival
Kesenian Jogjakarta)
6月の後半から、インドネシアでは学生たちの長い休みに入っている。日本でいうところの春休み、学年末のテストを終え、新しい学年を迎える前の休みだ。
ジョグジャはよく日本のガイドブックでも例えられるように、インドネシアの京都といえる街だ。国内の人々にとっても、現役の王が暮らすジョグジャカルタ王宮(クラトン)、若者の流行ファッションや工芸品の屋台がぎっしりの安いショッピング・エリアであるマリオボロ通り、そして7〜8世紀の重要遺産プランバナン寺院群に、世界の遺産として数えられるボロブドゥール仏教遺跡、これらは思い切りそそられる観光スポットとなっているようだ。一度は行って、その場所で記念撮影しておかないと・・・といったお決まりの場所ということだ。ジョグジャでは国内外の老若男女ツーリスト、それぞれの趣味や目的に合わせて遺跡あり、流行の先端ありと、なんでもが揃うのだ。
私の家はこの国内外のツーリストが訪れる王宮からわずかに徒歩10分の場所にある。家の前の通りはGUDEG(グドゥッ)というジョグジャ名物、野菜と鶏肉煮込み料理屋が軒を連ねる、まさに京都でいうところの、八橋や和風の工芸品を並べた土産物屋通りに住んでるようなものだ。ちょうど私の家で、そうした土産物関係の家が終わりになる(うちの隣りは「土産物37番」という名で有名な店。週末には道にジャカルタやバンドゥンなど、都会のナンバーをつけた車が並んで停まり、ジョグジャ名物を買い込んでいく)。
この、ローカル客、それもキャピキャピとやかましい大人の一歩手前のガキ集団が多くなる時期に、ジョグジャで毎年開かれるのが「フェスティバル・クスニアン・ジョグジャカルタ(ジョグジャ芸術祭)」。名前はスゴイけれど、一般大衆の休みを利用したお祭り騒ぎといったもの。休みの期間に約1ヶ月開催され、ジョグジャ政府所有のオランダ様式の建物を開放し、ブースで貸し出ししてアート・マーケットにしてみたり、ジョグジャのインディーズ・バンドのコンサートがあったり、映画上映会があったりする。
私は何年か前、まだバリで暮らしている頃に、この開会式に偶然出くわしたことがある。観光客で賑わうマリオボロ通りを通行止めにして、インドネシア各地の民族衣装に身を包んだ人々のパレードをしていた。名古屋祭りの英傑行列ってところか・・・。
この「ジョグジャ芸術祭」のメインイベントとなるのが、「ジョグジャカルタ美術展」。毎年キュレーターが変わり、その年ごとにテーマを決め、ジョグジャカルタのアーティストが作品を発表している。年に一度、ジョグジャカルタのアーティストの作品が一同にそろって展示される美術展なのである。
私のところにこの美術展の招待状が届いたのは2ヶ月ほど前だった。本当は7月初旬に帰国を考えていたのだけれど、この招待状が届いたことで延期を決めた。というのも、この展覧会は今年で16回目になるが、大きな条件として、「ジョグジャカルタのアーティスト」であることが必須なのだ。
私のところに招待状が届いた、ということは、主催者側が私を「ジョグジャカルタの」アーティストと認知した証拠でもある。過去にもインドネシアのギャラリーから招待を受けたことがあったけれど、選考の基準に「外国人だから」というのが見てとれると、私は少々淋しい思いをしたものだ。自分の作品の内容ではなく、「外国人」という、作家本人の、作品とは離れた表面の部分を評価されてもあまり嬉しくはない。
今回は若いキュレーターが、私の外見ではなく、作品を見て選考してくれた。それが嬉しかったのですぐに参加を決めたのだった。 展覧会のテーマは「BARCODE(バーコード)」、人間も商品も現在ではバーコード化され、人間らしさも失われつつある。そんな状況をアーティストそれぞれがどう思っているのか、どう捕らえているのか、作品として表現してほしい、というものだった。おそらく、このキュレーターは、私の最新作(3月に開催された個展)の作品に、このテーマと共通するものを感じ取ってくれたのだろう。
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3月に個展で使った石膏&セメントのブロック。
今回はグループ展だったので、他の作品と接してもあまり影響のないよう、単体の立体作品として成立する作品つくりをめざした。横積みではなく、縦に3x5で積み、周囲を錆のついた鉄板で覆ってみた。 |
私はすぐに個展で使用した石膏とセメントで作ったブロックを使ったオブジェを作るというアイデアを暖め始めた。使う材料は同じでも、構成も違う。私はこのブロックを現代の日本のアパートに見立て、裏側はまったく無機質な箱。でもその裏を覗き込むとそこには一人一人のそれぞれ違った空間がある、という状態を表現しようと思った。このイメージは、私が東京へ出かけたとき、電車の窓から外をながめていていつも感じるものである。巨大なコンクリートの箱の集合である東京という街を電車で走っていると(特に夕方の薄暗さの中で目立って感じるのだが)、その箱の一つ一つの窓に明かりが灯り始め、その窓のむこうには、同じサイズではありながらも、それぞれのまったく違った世界が存在している。私はそれを今回15個のブロックで表現してみた。
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無機質なブロックのみのサイドとは逆に、裏側には一つ一つの箱に木彫りの像が入っている。大きさは同じでも、一つ一つ手で彫っているので表情はさまざま、同じものは一つもない。 |
展覧会は七夕の7月7日に始まった。入場者350人という盛況ぶりの第16回ジョグジャカルタ芸術祭は7月17日に幕を閉じる。そして私は急いで作品を引き上げた後、21日の夜にジョグジャカルタからバリ島へ飛び、22日の明け方の便で2年1ヶ月ぶりの日本に帰る。

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