「インドネシア総選挙」
(Pemilu)

 インドネシアでは4年に一度、大統領選挙がある。先期2000年の選挙のとき、私はまだバリで暮らしていた。当時のインドネシアにはそれほど多くの党がなく、イスラム教中心の党、キリスト教中心の党、スハルトの独裁政権時代の与党であったゴルカル党など大きな党は数えるほどしかなかった。
 そんな中、バリの人々はイスラム教徒でもない。スハルトを支えてきたゴルカル党はすでに人気を失っていた。そこで、バリ人のおばあちゃんを持ち、今も英雄的に語られるインドネシア初代大統領スカルノの実娘、メガワティ率いるPDI党(民主党)はバリで大人気となった。どの村の青年団も、この時期にはPDI支持のTシャツを作ってみんなで着ていた。政党のシンボルはいつしかファッションにまでなっている感があった。
 インドネシアの政党シンボルを知らなかった頃の私は、選挙前の町のあちこちに野牛のマークの幟が立ち、これからサッカーの試合でもあるのか?と本気で勘違いしていたくらいだ。
 PDI党のシンボルは白い鼻の野牛。これが赤をベースに黒で作られているのだけれど、正直いってけっこうカッコいい。ちょうどこの時期に日本から遊びにきた芸大時代のサッカー部の友人は、PDIのデザインが気に入り、このメガワティ支持Tシャツを村の青年団員に頼んで一枚もらったくらいだ。バリでは青年団との付き合いも真面目にしていた私には、もちろん青年団員として一枚。

総選挙前のキャンペーン

まるで祭のような街。どこもかしこも政党の幟でいっぱい。規制もないために、ご立派な直径10cmもある竹が道端にどんどん立てられていく。

政党のキャンペーンは、まるでサッカーのサポーターの競争のようだ。

 そして2004年、今年また総選挙の時期がやってきた。4月5日の総選挙の日を前に、街中は選挙活動でにわかに騒がしくなってきた。今年は24の党ができ、一つの党に30%数の女性議員がいなければならないらしい。女性議員というもの自体の基礎ができていないのに、いきなり女性が必要となって、それぞれの党は女性の候補者を立てるのに大変苦労したらしい。
 また、今年から選挙の方法がクリーンに変わったことをTVでは頻繁に伝えている。4月、6月、9月と、3度に分けて党を選んだり、選んだ党から自分の暮らす地区の議員を一人選んだりと、やたらややこしい。私は知ったこっちゃない・・・と気にもしていなかったのだけれど、選挙を前にしたある日、私の家にあるカードが届けられたのだった。

そのカードとは、何をかくそうインドネシア共和国の総選挙に参加すべく「投票者証明書」!!! およそ一般常識を知らない私でも、異国の人間が政治に関わることがありえないことくらい知っている。なぜ日本人国籍の私にインドネシア総選挙の投票者証明書が届くのだ?まったくの謎だ。これを届けてくれたのは、インドネシア総選挙委員会。バイクで乗りつけたおじちゃんに私は驚いて訪ねた。
「え?なんで?私、外国人なんですけど。投票できるの?」
するとおじちゃんは一言、
「だってこれ、あんたの名前のカードじゃん」 ・・・。  
っていったって、おっちゃん、どう考えても私になぜ???

 手にとってみたそのカードには「KARTU PEMILIH(投票者証明書)」とある。そして私の名前、生年月日、今住んでいる家の住所があるのだけれど、出生地はなんと「アチェ(ACEH)」!!!なにがどうなってこんなカードになるのか、もう一体全体不思議でならない。私はこのカードが私の手に届くまでをよくよく考えてみた。

選挙者カード 

 そういえば、2〜3ヶ月前に若い女性が訪ねてきて、住民登録のようなものを作るために記入してほしいと、紙を渡されたことがあった。そしてそのときにも、私が外国人であって、そうした届出は外国人として警察署へ届け出が済んでいることも説明し、外国人である証拠のパスポートも提示している。
 もしもあのときの彼女が投票者証明書作成のために家に来たのだとしたら、なぜ私の出生地はアチェなのだ?・・・・・  ご存知のようにインドネシアは汚職なども堂々とはびこる世界のワーストに入る国。昔から選挙の票は一票いくらといったたぐいのものとされてきた。党ごとに予定を決められ、街で繰り広げられる選挙合戦にしても、街でヒマをもてあましている若者に一日いくらかの報酬を支払っているなど、一般常識だ。だから今日は赤いTシャツでPDI党の選挙公報活動!といっていた輩が、明日は黒に着替えて別の党を支持しているなんてことは当たり前に起こっている。だから、ここで私の名前の投票者証明書を見て、最初に私が思ったことは、
「誰かこの町内の人が私の票を利用するんじゃないか?」
ということだった。

 私にはジョグジャに日本国大使館員の若い友人がいる。彼女にこれを話すと、やは非常に驚き、
「こうなったら、投票まで行くしかないでしょう、外国人でも投票できちゃうんですかね?」
ってことになってきた。さらに驚くことに、投票の前の晩、選挙委員会の役員も務めている大家さんがきて、
「おー、ミドリ、選挙委員会から投票のお誘いの手紙来てるから、明日投票前にうちに取りにおいでよ」
と、まったく何の違和感もなく笑って教えてくれた。

いったい、どういうことなんだ?

 実は私の暮らしている王宮周辺というのは、いまだに外人や華僑が住めないエリア、私は大家さんのおかげでこのエリアに暮らせている。今回証明書が届いたとき、私の頭を少しかすめたのは、大家さんが、私をアチェ出身のインドネシア人としてどこかの機関に届け、王宮内に外人を住まわせていることを隠しているのでは?という発想だったのだけれど、これも大家さんの屈託のない言葉とともに可能性が消えた。

 そして4月5日、全国的に総選挙の投票が始まりかけた朝9時、私は興味津々で裏にある大家さんの家に向かった。まずは投票参加の招待状を受け取るためだ。大家のおっちゃんはすでに投票会場に向かっており、扉を開けたのは23歳の娘さん、これまたなんの屈託もなく
「あ!ミドリ〜、投票にきたのね〜、お父さんもう会場に行ってるから、そっち行ってみて!!」 と明るくあしらわれた。

  よし、もうこうなったら投票だ。腹がすわってくる。会場には老若男女が15名ほど集まり、順番待ちしている。私は大家さんから招待状なるものをもらい、カードを提示し、108番をもらって投票に参加した。しかし、いざ投票となって、
「いくらなんでも、外国人の一票がこの国の今後を決定するんじゃマズイでしょ」
と思い、政党は1党しか選択できないところを2党に印をしておいた。こうすれば私の投票用紙は無効となる。私の声がインドネシア共和国の国政に影響を与えることもないし、腹黒い人々に私の分の投票用紙を悪用される可能性も断ったわけだ。
 そして誰も何も疑わないなんとも奇妙な投票所から出、投票した人の印として、左の指に1週間は消えないという日本政府からの贈物の特殊インクをつけられ、私は投票所を後にしたのだった。

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