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| 「日本ジョグジャの現在展」
先月号で報告した、日本アセアン友好年にちなんだ美術展の準備が本格的に始まった。今回の私のポジションはこの展覧会の実行委員でもあり、また展覧会のキュレーターでもあり、そしてカタログや案内状、ポスターのデザイナーでもある。それほど大きな予算がないために、実行委員も必要最小限に留められた。 9月の第3週目、私と共同キュレーターを務めてくれる友人がジョグジャにやってきた。彼はバンドゥン工科大学美術学部の陶芸科の教授で、昨年はレジデンス・プログラムで美濃に2ヶ月滞在した経験がある。今回彼に共同キュレーターを頼んだのは、私一人の目からではなく、インドネシアに長い日本人と、日本文化を実際に見てきたインドネシア人というコンビで、参加する作家を独りよがりになることなく選出したかったからだ。彼も快くこの役目を引き受けてくれ、大学の自分の講義を調整し、1週間の予定でジョグジャに来てくれたのだ。 電車で明け方に到着した彼を出迎え、早速この日からアーティストを訪問していった。今回の日本とジョグジャの美術展、最初に私が悩んだのは、何を基準に作家を選ぶかということだった。単純に、インドネシア在住の日本人作家と、過去に日本に行ったことのある作家を選ぶこともできるだろうが、そうした方法では選びたくなかった。おもしろみにかけるし、結末を知って映画を見るようなものだ。私は自分なりに日本の特徴は何かを考えてみた。 「詫び寂び」「禅」「空白の美」「職人技」「素材を活かしたものつくり」・・・、これは昔からの日本の国際的なイメージだろう。そして、今回の大元になっている企画では、「現代の日本」という部分を強調している。となると、「ポップ・カルチャー」、マンガ同人誌、キャラクターマニアなどを含めた「オタッキー(今ではこれももう過去のものか?)」といったものも今の日本のイメージなのかもしれない。そして私は、こうした言葉で示される日本のイメージが、作家の意識的にあるいは無意識で作品に現れているものを探そうというアイデアを出した。ここで共同キュレーターであるササン氏と長い話し合いの末、少しずつ選考の糸口が見えてきた。 一週間、朝から晩までフルに動き、ようやく10名の作家を選び終えた時には、私の頭はあまり経験のない疲労感でいっぱいだった。どうしてかと考えたら、もともとあまり頻繁に使っていない脳みそを、今回の作家選考で使いすぎたための過労だったようだ。ササン氏は陶芸作家でもあるけれど、教授という立場もあり、また日頃美術雑誌や新聞に美術評論を掲載している人なので、頭を働かせるのは日常、しかし私はどちらかといったら身体を動かし、汗を流して作品を作るのが日常だ。こんな私にとっては、頭脳労働は肉体労働よりもずっと疲労の多い仕事だということが今回よくわかった。
しかし、今回の企画で、自分と同じアーティストという立場を、キュレーター側から見ることができたのはおもしろい経験だった。今までキュレーターに随分わがままを言ってきたなぁと反省したり、アーティストそれぞれ作品に対する思いや思想がまったく違うこともあらためてわかり、この一週間は本当に貴重な時間になった。
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