ジョグジャカルタタイムズ
「マリオット・ホテルのテロ事件」

(Terro di Hotel Marriott)

 8月5日、みんながランチタイムを楽しんでいる12時40分にそれは起こった。昨年10月12日、バリ島のクタ海岸エリアにある外国人専用のクラブがテロ事件にあってから、1年近く経とうとしている今、今度テロの標的になったのはインドネシアの首都、大都会ジャカルタの中心地に建つ米資本の5つ星ホテル、「JWマリオット」だった。

 周囲は高級マンションや大企業のオフィスビルが立ち並び、大使館も多い。2001年にオープンし、国際的会議の会場になったり、世界の要人が宿泊することで有名なこのホテルは33階建で客室は全333室。この日は70%の部屋が使用されていた。
  今まで(8月10日現在)の新聞の報道をまとめれば、ホテルの玄関先で爆発した爆弾はクタで200人を一度に死に至らしめたものとほぼ同じ。今回のテロ事件では150名の死傷者が出ており、13名の死者のうち1人はオランダ人、残りはインドネシア人で、ホテル警備員、タクシー運転手、もっとも被害の大きかったホテルのレストランの店員や客が被害にあっている。翌日8月6日は、昨年のクタの爆破事件の主犯(現在バリ島のデンパサールに拘留)の判決が下りる日でもあり、一説では
「イスラム同胞に死刑を執行するなら、今後も東南アジアやインドネシアでテロを続行する。これは"血の警告"である」
といった内容の文書が関係者に送られていたともいわれている。

ホテルマリオット

 昨年のクタ爆破事件では200名の死者を出し、遺体の収拾だけでもかなりの時間がかかった。インドネシアのパラボーラアンテナはとても大きくて直径3mほどもある。事件後、半径周囲200mの家々のパラボーラアンテナの中に、爆破でちぎれとんだ遺体の部分が見つかり、それを専門に集める担当者ができたというほど爆破の威力は大きかった。
  今回はそこまでの被害にはならなかったものの、人の集中する昼休みの時間を狙っていること、もっとも被害の出るロビー周辺を狙ったことなど、犯人の残酷さがうかがえる。クタの爆破事件ですでに囚われている者たちの証言から、容疑者が固まり始めている今、爆弾を持ち込んだと思われる男は、これまたクタ事件同様、みずから自爆している。ホテル1階のロビーに停めて爆破させたと思われるバンを運転していた犯人の頭部は、ホテルの5階から発見されたというから、爆弾の威力が想像できる。

  現在、現場から見つかった遺体の部分が集められ、身元確認が進んでいるらしい。 実はこのテロ事件のあった5日から3日をおいた8月8日、私にはもともとジャカルタにいく予定があり、すでに電車のチケットも購入済みだった。こんな事件が起こった後だったので、少々悩みもしたが、このところ起こっているテロ事件はすべてアメリカ、オーストラリアに関係した施設などを標的にしたもの。私は自分の作品の搬入と、友人のインドネシア人作家の展覧会のオープニングが目的で、テロの標的になる場所とは無縁だ。今回の事件が起きたからといってジャカルタ行きをやめる友人もいなかったので、私もそのままジャカルタに出かけることにした。

  8日の夕方にジャカルタに着き、自分の作品を国立美術館に搬入し、偶然にもそこで個展の始まる友人のオープニングに参加。彼はすでに国際的に活動する40代半ばの作家で、オープニングにはたくさんのアルコールが用意される。音楽好きということもあり、いつもバンド演奏がつく。国立美術館の中庭は午後8時からライブハウスと化し、ジョグジャカルタから合流した仲間と、他の地方から来て久しぶりに再会した友達と飲み交わしているうちに気づけば午前3時、私はそのまま美術館の裏に用意されている客室で仮眠をとった。

 そして翌日、夜行電車の発車する時間までは、もと同居人のリカとジャカルタ巡りをすることにしていた。 気になっていた画廊巡りのあと、やはりマリオットホテルが気になった。ジャカルタの電車の駅からはタクシーで15分ほど、さほど遠くはない。野次馬根性がどんどん大きくなって、私はタクシーをマリオットに向かわせていた。 現場は大きな高級ホテルや事務所のコンプレックスだった。街のど真ん中。高層ビルが立ち並んでいる。私はタクシーの運転手に聞いてみた。
「今はどんなになってるんです?入り口から通行止めかな?」
「いいや、普通だよ」
なんともそっけない。クリミナルな事件が多発しているメトロポリタンなジャカルタでは、13名を死に至らしめたテロ事件ですら、驚くことではないのか。そんな人の反応に、私は驚いた。

ホテルマリオット

 現場はまだブルーのシートで囲われ、黄色と黒のテープがかかり、関係者以外は中に入れないようになっていた。通行止めのロープの内側では、警官が人目も気にせずに昼飯をむさぼっている。バリのテロ事件は被害者の数も莫大に多かったこともあり、一ヶ月経ってから私が行ってもまだ被害の様子がありありと残っていたし、バリ・ヒンドゥーならではの供え物が所狭しと置かれていた。けれど大都会ジャカルタの高級ホテル前には、死者を悼む花輪が小奇麗に並べられているだけで、さっぱりしたものだった。
  数台のテレビ局の自動車が停まり、IDカードを胸からさげたカメラマンが行き来している。33階建のホテルを見上げると、かなり上の階までガラスが割れている。あれが落ちてきたときのことを考えたら、体が凍りつきそうになった。ホテルエントランスらしき中央の庭に植えられた南国の木々は黒焦げになり、全体がセピア色に見える。囲われて入れないエリアには車種もわからないような鉄くずと化した自動車の残骸が見える。中にいるのは警察関係者というよりも工事関係者らしい、修復の予定を立てているのだろうか。それにしても、事件発生からわずか3日目にして、警察関係者らしき人が中には見えなかった。こんなんで事件解明に向けてちゃんと事が進むのだろうか?と少々不安になった。

 このコンプレックスにはホテルの他にもオフィスが入ったビルも隣接していて、こちらの一部は平常営業しているようだった。ロビーに入っていく自動車のすべてが3人のガードマンによってチェックされていた。なぜもっと早い時期からそうした警備体制をとらなかったのかと悔やまれる。 ジャカルタの暑い日差しが真上から照りつけてくる。気づいたら午後1時、もっとも暑い時間帯だ。花輪の近くで被害者のために祈り、私はこの場を去った。二度とこうした自分勝手なテロ事件が起きないように・・・。

 マリオット・テロ事件の翌日、バリの裁判所はクタのテロ事件犯人に死刑を言い渡した。

 

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