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| 「廣田緑個展」
小川さんがジョグジャに滞在している間に、私個人にも大きな出来事があった。 実は、私には人知れず描きためてきたドローイングのシリーズがある。1999年、まだバリで生活している頃に知った、バリ・ヒンドゥー教の護符絵「RERAJAHAN(ルラジャハン)」を自分なりの解釈でリメイクしたものだ。本物はロンタル椰子の古文書などに残されているが、多くはオランダ植民地時代にオランダ人によって収集され、バリにはほとんど保管されていない。私が見たのも、オランダ人の専門家によるルラジャハン研究報告書のようなものの、コピーされたはっきりしない描線のものだ。 1999年の正月、今でも覚えているが正月2日、おめかしして、当時流行だったとんでもなく高い靴底のサンダルを履き、私はUbudの自宅を出た。私の家は田んぼの真中にあり、外出するには2mほどの坂を下りる。下に止めたバイクに向かって歩いた瞬間、尾てい骨に激痛が走り、その後で左足首からふくらはぎにかけて切り裂かれたかのような痛みを感じた。 おそらく、その間は何秒かだったのだろうが、私にはしばらく何が起こったのか理解できずにいた。痛みは増してくる、その中で今の状況を判断しようと頭は働くのだが、なんせ稀に体験する痛みなのでわからない。私は這いずって家に戻った。臀部も痛い、足首もふくらはぎも痛いまま、部屋に入って気を落ち着かせて考えた。そう、あの底高サンダルでくじいて、そのままお尻から転んだのだ。理解できてから足首を見ると、なんとピンポン玉を埋め込んだかというくらいに腫れている。痛くて恐ろしいくせに、あまりにぷくっとふくれているのでおもしろくもある。こんな腫れ方は初めてだった。 なにはともあれ、これがきっかけで、1999年の年明けはどこにも出かけられない日々が一ヶ月続いたのだった。杖なしでは歩けない、左足でギアチェンジの必要があるバイクにも乗れない・・・そんな時にたまたま出会った一冊の本に、バリの護符絵があった。回復の願いをこめながら描き始めたのが今回発表した護符絵シリーズなのだ。 普通なら、新作を使っての個展となったとき、いわれて3週間後に「ハイ、作品です」とはいかない。けれど今回は過去に作っていた作品の展示だった。そして、なんといっても、小川さんがジョグジャカルタにいる2ヶ月の間に、私も個展の予定が入ったこと、これが何よりも私にとってはグッド・タイミングだった。せっかくならば少しは新作も・・・と、小川さんの宿に紙と絵の具を持ち込み、一緒に夜更かしもした。 過去からのライフワークを今回一度にまとめられたのは、自分にとってもとてもいい経験になった。制作に、搬入につきあってくれた小川さんに、一連のシリーズを作るきっかけをくれたバリの神々に心から感謝している。 この個展はオーナーがとても気に入ってくれたこともあり、5月28日から7月15日までの長期で展示されている。
( C)midori hirota
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