「祖母の死」

( Kematian Nenekku )

5月28日、研修先に日本の母から電話が入り、母方の祖母が亡くなった事を聞かされました。「戻ったところでもう話ができる訳でもない。研修で行ったのだからそこでしっかり勉強していらっしゃい。」と言われ、帰国はしない事にしました。

明治41年生まれのハイカラなおばあちゃんでした。
夕方に知らせが入り、様子のちがう私を木彫仲間が不思議そうに見ているので、理由を話しました。 私はすぐ北の方向に向けて線香を焚き、日本のおばあちゃんに向けて手を合わせました。

夜、家に1人いると仲間が数人やって来ました。いつもなら冗談ばかり言い合っているのに、少々神妙な顔つきです。「調子どう?」といって私をのぞきこむ顔を見て、心配して来てくれた事はすぐにわかりました。私は同じ時間に日本で通夜を迎えている家族の事を想いながら、バリで仲間たちに慰められたのでした。

バリでは人が亡くなると三日三晩近所の人たちがその家に出入りし、寝泊まりし、残された家族が淋しくならないようにします。 お通夜に持っていくものは、米、果物など。集まった人に遺族がふるまえるようなものを贈ります。

バリ・ヒンドゥー教の人々は「死=神のもとへ戻る」という事なので、亡くなった人の事をかわいそうには思いません。残った者が淋しくなる事をかわいそうに思います。

いくら若くして亡くなっても、それは「神様がこの世の中でその人に課した仕事が少なかったため早くに仕事を終え、天界へ戻ったのだ」と考えるそうです。つまり前世で良い行いをしたため、今回人間として生まれた時の仕事が少しで済んだというわけです。

また遺族に対する慰めの言葉は日本人の感覚と似ていて、木彫の仲間は私に「ミドリがここでくよくよしていると、昇っていく途中でおばあさんが下を振り返ったとき、気持ちよく昇っていけなくなるぞ」と言いました。

死に対する考え方はいろいろでも、悲しみにいる人への想いやりの気持ちはどこでも同じなんだなあ・・・と思いました。

いつも大声で笑ってばかりいる仲間たちが、半分恥ずかしそうに家を訪ねて来てくれた事が私は嬉しかったです。母や母の兄が言ったとおり、研修でしっかり勉強する事がおばあちゃんへの供養だと思って、このやさしい仲間たちとしっかりやらねば・・・と思っているところです。


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