バリの新年

「バリの新年」
Selamat Hari Raya Nyepi 1917
(スラマッ・ハリ・ラヤ・ニュピ1917)

4月に入り日本では新年度を迎える頃ですね。花粉症の方々もあと少しの我慢。
4月1日、バリは新年を迎えました。季節感のあまりないこの島で4月に元旦とは、日本人の私にとって気持ちを入れかえるのに良いタイミングです。

さてこのニュピ(バリの新年)を説明するには、まずバリ人の使っている暦についてお話しせねばなりません。バリでは、西洋の太陽・太陰暦(1年365日)とヒンドゥー教の太陽・太陰暦(1年360日)、それに加えて地方歴(1年210日)の3種を使って全ての行事の日程を決めていきます。

日常よく使われるのは1年210日のウク歴。寺の行事はこれによって決まります。我々の使っている西暦はあまり重視されません。又、1年360日(確実な日数ではない)のサカ歴とウク歴の組み合わせから特別な意味のある日が定められたりもします。

現在の40代から上の人々は殆ど西暦に興味がないようで、私の知人の20代前後のバリ人は親から聞いている誕生日が西暦の何月何日と言える人が殆どいません。親がウク歴で子供の誕生日を覚えていると、210日ごとに1つ年をとる事になるわけです。

こういう話を聞いていると、「時間」というものがいかに実体のないものか感じさせられます。私の知り合ったバリ人の半数以上は自分の誕生日がハッキリ言えません。今何年生きているか、何才かはさほど問題ではないようです。実際私の友人で免許(オートバイ)証を持っている人にそれを見せてもらった事があるのですが、免許証とインドネシア国民全員持っているIDカードと生年月日が全く違うのでした。つくる時には申請どおり口頭で伝えた事をそのまま事務処理するそうです。

ずっと前から私が感じていたバリの人々の「時間に縛られない暮らしぶり」というのはこういうところにルーツがあるのかなあ…と思ったりもします。

西暦の1995年に入ってから3ヶ月過ぎ、思えばバリの新聞では殆ど毎日日本の関係の記事が1面に載っていました。「阪神大震災」に始まり「バリのコレラ騒動」「YENDAKA(円高)」そして「地下鉄毒ガス事件」、今は「オウム真理教」です。

コレラ騒動の時は幾人かの方が心配して下さいましたが、おかげ様で私は無関係に元気にしています。それより逆に「毒ガス事件」の記事など読むと、南の島で健康に気を配って暮らす事など、都会の危険ばかり(それも防ぎようのない)の中で暮らすことに比べたらずっと簡単に思えます。バリだと日本のニュースは放送関係は当日、新聞は翌日入ります。ガス事件が早く解決されてバリでも報道されるといいなあと思っています。


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