「独立50周年を見て」

( Hari Kemerdekaan ke50 )

今年のインドネシア独立50周年は本当に盛大な祭りの連続でした。

テレビでも多くの独立戦争映画を流し、各企業が競って50周年の特別コマーシャルをつくり、村では国旗の赤と白で飾り物をつくり、もともと祭りの大好きな人々ですから、もう本当におめでたい日の雰囲気づくりはそれは派手なものでした。

首都ジャカルタでは大々的な祝典が3日続けて行われ、フィナーレには独立記念塔での花火大会もありました。

こういうものの一つ一つを見ていると、何の苦難も経験していないくせに、私は「よかったねえ・・・」とついつい偽善者になってしまうのでした。そしてまた、日本人には支配から開放される喜びはやはり理解はできないだろうと思うのです。

独立50周年

あちこちでこんな看板を見ました。

そしてこの国の大きさ、それが3000以上の島々である事、全て地方語が違う事、民族でさえ300以上もある事などを考えると、植民地から独立を訴えて戦い、一つの国として統一されるのも並大抵ではないだろうと、無知な私にも想像がつき、感動してしまうのでした。

祝典ではインドネシア27州がそれぞれの民族舞踊を披露しました。イスラム風あり、バリのものあり、東へ行けば殆どパプアニューギニア風(接しているので当然ですが)で、全員入れ墨の人々。これが全部インドネシア人なのかとまたまたこの国の多様さに圧倒されます。

ここの人たちは欲張りません。自然の中で、神様からの恵みを上手に生かして生きています。欲がないから発展しにくいのかも知れませんが、欲が多くていろいろな物をつくり出し、先輩顔してアジア諸国へ入りこみ、真っ赤に塗りつぶした日本(大東亜共栄圏)をつくっていい気になっていた我々の方が偉いのか?本当の賢さとは何なのか?この8月は赤く塗りつぶされた側の国にいたおかげでいろいろ考えさせられました。

そして、まだどこかで日本の成長ぶり、経済状況を信仰してアジアの国々を小バカにしていた自分に気づいたとき、どうしようもなく自分に腹が立ちました。

それはやはり過去に日本がしてきた行為を歴史で学び、どこかに「日本は支配する側」という意識が私の中にあったからなのかも知れません。

8月17日の祝典と共に、国営放送TVRIがアジア各国、オーストラリアの首相から祝辞をもらって放送しました。村山首相は「これからますます日本とインドネシアが文化的、経済的に友好を深める事を確信しています。」と言っていました。

友好の前に戦争があり、日本が占領した時期のある事をもっと考えなければならないような気がします。侵入された側の国にいて日本を見ると、当時の日本のイヤな面が見えてきて、何だか重い気持ちになってしまいます。


home
bali times TOP

(c)midori hirota